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   2006年12月8日   


 「あの、すみません、1ヶ月でいいので、××新聞をとっていただけませんか?」

 「そうはイカンザキ。」

  ソッコーで追い払えました。


 

   2006年12月21日   


 (今日のVARY)
  「ごほうび」という言葉がいやらしく感じるのは、キミがいやらしいからに他ならない。

S農 コメント
  「ごほうび」という言葉を聞いて「聖水をかけてやろう」とかポイズンなことを連想するのは貴方だけです。


 

   2006年12月22日   


  倖田來未でヌケないことを分析的に考察すれば、けっこう何かがわかるのではないか。


 

   2006年12月23日   


  アワビは安全であることを宣言します!


 

   2006年12月24日   


  つい先日、目の前でバイクが火花を上げて転倒する様を見て、いろいろがっかりしました。

  あまりよくわからない表現だと思いますので、とりあえずその状況について説明しましょう。私が道を歩いていると、その横で大型のバイクがギアを入れ違えたのか、異様なエンジン音を上げました。その後、バイクはバランスを崩して転倒し、アスファルトとバイクの車体の摩擦で火花を上げて十メートルほど滑ってから止まりました。私の目の前で転んだそのバイクの運転手は、右足がバイクの下敷きになり動けなくなっていたので、近くを通っていたおっさんと私の二人がかりでバイクを起こしました。バイクの運転手は「大丈夫です」と無理やり愛想笑いを浮かべながら右足を引き摺っていて、その様を見て私は自分にがっかりしたのです。

  まだよくわかりませんね。そこでもう少し視点を変えて話をしてみましょう。私は時間に余裕が出来たらやってみたいと思っていたことが幾つかあって、そのうちの一つに『自動二輪の免許を取ること』がありました。しかし、免許の取得や、バイクの購入・維持管理などにかかる費用を考えると、自分の生活におけるバイクがあった場合の利便性を差し引いても、バイクに乗ることはあまり割に合うように思えません。それでも私がバイクの免許を取りたいと思っていたのは、バイクに対する漠然とした憧れがあったからです。

  このバイクに対する憧れは、私のような非モテ特有のものだと、私は思うのです。イケメンはバイクなんて不便な物への憧れからはとうの昔に卒業して、普通に車に乗っているわけです。しかし、非モテの場合、得てしてこういう妄想に未だに取り付かれているものです。われわれ非モテ人種は、別にバイクに乗ったからといって、突然モテるようになることなどあり得ません。それでもそんな妄想を捨てきれないのが非モテ人種であり、その感性こそが非モテをさらにモテなくしている要因ではないでしょうか。モテたいと思ってバイクに憧れを抱き、でもその感性がモテない原因だったりして、僕ら非モテの3分の1の純情な感情は空回りですよ!

  えっと、話を戻して、バイクで派手に転んだ人を見たわけですが、それでも私はバイクに乗りたくないとまでは思えなかったのです。バイクで転んで挙動不審気味な笑みを浮かべて足を引き摺る兄ちゃんを見ても、私はあまり格好悪いとは思わなかったのです。そこで私は、改めてそんな自分に気付き、非モテの思考サイクルをグルグル回っている自分にがっかりしたわけです。


 

   2006年12月25日   


 毎年恒例のモノと言ってしまえばそれまでなのかも知れないけれども、クリスマスにサンタの服を着たバイトほどシビアなものはあまりないように思えてなりません。昨日もガソリンスタンドの前を通ったとき、サンタの服を着て大きな旗を振っているバイト店員を見たのですが、サンタの間抜けな原色衣装に身を包んで笑顔で旗を振る彼の姿を見るにつけ、私は少し悲しい気分になりました。まあ、僕(ニート)なんぞに同情される筋合いなどないことくらいは、僕自身がよくわかっていますが………

  店長 「キミは、クリスマスに用事なんてないよな?!」
  バイト「いや、は、はあ……。」
  店長 「じゃ、12月23〜25日、全部頼むな!」
  バイト「ええっ、ま、まあいいっすけど…。」

  そうしてバイトに入って、ただでさえ楽しそうに街を歩く人々や客のカップルにブルーになっているのに、それに追い討ちをかけて自分はサンタ服を着るという羞恥プレイです。そうなりゃもう笑うしかない、そこでサンタ服のバイトはもうヤケクソの笑顔で接客するわけですよ。イルミネーションを歩くカップルの幸せそうな笑顔と、サンタ服のバイトの笑顔。この光景に私は何かを思わざるを得ないのです。

  でも別に、私はそういった状況から、バイトにサンタ服を着せるなとか、クリスマスをなくすべきだとか、そういうことを声高に言うつもりは全くないのです。小泉改革よりずっと前から全く別の格差社会があり、それがクリスマスに顕在化する現実をただただ叙述したいのです。そしてこのサンタのバイトが街中に晒されるシュールな光景に私は物悲しさを覚えつつも、サンタ服のバイトと笑顔のカップルとの間にある目に見えないゆがんだ空間にただただ興味を惹かれるのです。

 

  さあ、今日の文章もいろいろ判定は微妙だ。どんなもんじゃーーい!!シャーオラー!!


 

   2006年12月26日   


  最近、大人数での飲み会など、知らない人と接する機会が多いのですが、なるべく目立たないようにしようと心掛けています。

  大人数での飲み会などでは、そのたびに自己紹介をし、時には名刺交換をします。しかし、私は人の顔と名前を覚えるのが苦手で、家に帰って名刺を見ても全然顔を思い出せないこともあります。普通、一度で物事を覚えられない場合、何度も繰り返し記憶したり、一度で覚えられるような工夫をするものでしょう。それゆえ、マトモな人は、謝罪しつつ何度か名前を聞き直したり、より人の顔と名前を覚える努力をしたりするのでしょう。しかし横着な私は、覚える量をなるべく減らす工夫を考えるのです。飲み会などでも、覚えられる程度の人数のみと関われば、名前を忘れるということはないはずです。そこで私はなるべく関わる人の数を抑えるべく、目立たないよう心掛けているわけです。

  まあ、もともと地味な私は心掛けるまでもなく目立たないので、問題ないですね。


 

   2006年12月27日   


  細木数子のズバリ脱ぐわよ!

  と、気持ち悪い想像をしたところで、前フリとは全く関係のない話をします。去年からブレイクするだろうと言われていたCanCamモデル出身のエビちゃんが、既定路線に乗って今年ブレイクしたようです。エビちゃんが宣伝した商品は売れ、そのCMで使用された曲も売れまくり、こんな現象を指して『エビ売れ』と言うそうです。こんな状況を放置していいのでしょうか。

  いきなり問題提起されてもよくわからないでしょうから、少し説明を加えます。マスメディアにおいて、エビちゃんは流行と美の象徴として扱われていたように思います。そして、それを信じた女性たちは、エビちゃんの身に付けているものもかわいいと信じるようになるわけです。エビちゃんは企業の広告媒体となり、宣伝に踊らされて商品を購入するけれども、商品を購入した女性は必ずしもエビちゃんのようになれるわけではありません。そうしてまた次に別のモデルが出てきて、また同じように企業の広告媒体となり、女性はまたその消費サイクルに乗せられるというわけです。この不毛なサイクルをグルグル回っている過程を『エビ売れ』と称して賞賛するのはどうかという話じゃないでしょうか。

  まあ結局のところ、僕が何を言いたかったのかというと、非モテサイクルをグルグルと回り続けてエビちゃんどころか女性が回避していく僕のこんな状況を放置してもいいのかと、だいたいそんな感じで。


 

   2006年12月28日   


  新ことわざ : 一姫二太郎三なすび

  二人ほど出産するとガバガバなので次はなすびを突っ込みましょう、という意味。





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