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   2004年8月1日   



街で見かけたダメな看板。



「旅館 性器」って、それはイカンだろ。


 

   2004年8月2日   

 最近、『極付け!お万の方』という曲(2004年7月10日参照)が頭の中で回るようになり、原付に乗っているときに無意識のうちに歌っていることがある。夜中、「お万、壊れているよ〜♪」とか大声で歌いながら原付に乗っているときに女性に擦れ違った。その女性は私を怪訝な目で見ていた。そりゃあ、当然だ。全く申し訳ない。


 

   2004年8月3日   

 ふと思ったのだが、フルマラソンって「フルチンでマラソン」の略であるべきだ。マラをふってフルマラソン。うむ、素晴らしい。あと、「マラソン」と打とうとして変換すると「マラ尊」となった俺のパソコンも素晴らしい。


 

   2004年8月4日   

 学習塾にて、休憩時間の出来事。

 ポケットにバイブモードにした携帯を入れた小学生が「こうしたら気持ちいいねん」と。バカモノ!


 

   2004年8月5日   

 今日ようやく、四日連続の塾講師の最終日。今日も塾での出来事。

 小学生がこんなCMソングを歌っていた。
  ♪ ラーラーラー バーイエル

 えっと、これはED治療薬のCMソングですね、って、ちょっと待てい!それは人前で歌うべきものじゃないよ。しかし、どうしてこの歌がダメなのか説明するのは少し厳しいので、パス。見て見ぬふりしておいた。


 

   2004年8月6日   

 今日の夕刻より、かつてのサークルのメンツで野焼きをします。例の如く参加者にも、集合について『8/6夕刻、学校』としか伝えていません。こんなので集まってくれるみなさんに感謝。


 

   2004年8月7日   

 昨日は学校で野焼き『肉欲☆』をやってきました。今回のコンセプトは、「あらゆる肉を焼く」です。部室のドアが壊れて開かず、バールでこじ開ける暴挙に出る寸前だったという軽いアクシデントはあったものの、もう学校での野焼き(バーベキュー)は何度もやっていることなので、準備は非常に順調に進みます。午後7時15分頃にはバーベキューコンロに火が入りました。

 木炭に火が移り、まずは私が持ってきた四国銘菓『一六タルト』肉を焼きました(右写真)。タルト肉が程よく焼けてきた頃、ビールで乾杯。今回は「乾杯」の掛け声のかわりに、食糧となってくれた動物のため「黙祷!」という掛け声で乾杯を行いました。別に8月6日の広島原爆投下を意識した、不謹慎な意図は全くありませんので、念のため。
 乾杯の後、牛肉、豚肉、鶏肉、魚肉、コンニク(蒟蒻肉)、キャベツ肉など、様々な肉が焼き網の上に投じられていきます。肉欲あふれる男どもが網の上の肉に箸を伸ばし、「ラララーバーイエル♪」という感じの会話が繰り広げられました。

 じきに仕事帰りのT氏が到着。T氏は早速、タルト肉に焼肉のタレをつけて肉汁を満喫されてました。関係ないけど、「満喫(まんきつ)」って、何か語感がやらしいと思いませんか。えっと、ホンマに関係なくてすみません。話を戻します。
 九時を回り、辺りの建物から電気が消えてきました。火の勢いも弱くなり、ますます肉の焼け具合がわかりにくくなってきましたが、私を除いた、肉欲あふれる肉棒銃士隊の皆さんはそんな事を構わず箸を進めて行きます。ひたすら網の上の肉をひっくり返す者、鶏肉を丁寧にアルミホイルで包んで蒸し焼きにしようとする者、突然思いついたかのように「ラーラーラーバーイエル♪」と歌いだす者、皆それぞれのやり方で肉欲を満たしていきます。最後にメロン果肉を焼こうかという話になりましたが、残念ながら却下。片付けを開始しました。

 片付け中、隠れてオナニーをやって摩擦熱にやられたのか、やけどをする者がいました。本人も、「いやぁ、火遊びが過ぎました」と微妙に反省していました。片付け終了後、部室でメロン果肉を貪りつつ、だらだらモードに入ります。帰りの電車の都合やアレな都合のある人が三々五々帰途につきました。

 参加して下さった皆様、どうもありがとうございました。


 

   2004年8月9日   

  59年前の今日、1945年8月9日午前11時2分、プルトニウム原子爆弾が長崎に投下されました。そして、これにより約7万4千人の命が奪われました。毎年、長崎市松山町の平和公園で原爆犠牲者慰霊平和祈念式が行われます。

 

  28年前の今日、私が生まれました。何か、文句ある?


 

   2004年8月10日  

  今日は近所で花火大会があるらしく、浴衣姿の女性を見かけました。私は基本的にコスプレとかに興味はないのだが、浴衣だけはちょっといいなと思えるのである。

  ところで、『変態』というものが世に知られることとなったのは、19世紀の精神科医 Richard Von Krafft‐Ebing が『変態性慾ノ心理』によって、変態性欲者の様々な症例を発表したのがはじめだそうです。現在では、変態性欲ができる過程がある程度明らかになっていて、それは例えば、幼少期に性器への刺激中に女性の手を見たことにより性的興奮と女性の手が結びついた、といったような「条件付け」によって生じることが多いのだそうです。

  私は残念ながら全く変態趣味がなく、ここの読者の皆様のような豊かな変態感性が私にもあれば人生もっと楽しいだろうと、羨ましくてなりません。ただ、変態が「条件付け」によってできるというのなら、私にも皆さんのような変態になれる可能性があるわけです。私の浴衣好きは、おそらく私が夏好きだから、浴衣と夏が私の意識下で関連付けられ、気分がよくなるのではないかと思うのです。そうすると、「浴衣--夏」の関連の中に「性的刺激」が入ったら、私は夏という季節により性的刺激を受け、7月8月は常に勃起状態?!これはいくら何でもヤバい。これからは浴衣から性的刺激を受けないように気をつけねば。


 

   2004年8月11日  

 とりあえずサイトの改装がある程度進んだので、アップしてみました。まだ未完成部分もあるのですが、再構築できていない部分もじきに公開できるよう頑張ります。

 というか、サイト改装とか皆さんにとってどうでもいいことだということは私も認識しております。サイト改装で更新を滞らせてしまってすんません。一段落ついたら、構想中の新コンテンツ作りにも着手していきたいと思います。


 

   2004年8月12日  


  11日深夜から12日朝にかけて、伊吹山(滋賀県伊吹町・1377m)に登って来ました。7年ぶりの登山です。
  試験前に体を少し作っていたので体力的には何とかなった感じでしたが、久しぶりの登山で困ったのは、登山用の道具が揃わないことでした。登山靴がないので運動靴で代用し、服も普段着、リュックも街歩き用の物を使いました。かつてこの山に来たときに比べて登山者が少なく、行程中、他の登山者には二組しか出会いませんでした。暗い山道を登り続け、思ったよりも少し時間がかかってしまいましたが、夜明け前には頂上に到着することができました。

  頂上に着いたのは午前4時半頃だったと思います。登山道にはほとんど人がいなかったにもかかわらず、頂上にはかなりの人がいました。伊吹山は頂上近くまでドライブウエイが開通しているので、車で乗り入れて来たのでしょう。太陽が昇るのがよく見えそうなスポットにはほとんど人がいました。
  それはともかく、久しぶりに自力で山頂に到達できて、非常に気分がよくなりました。この日はとても天気がよく、夜明け前でも山頂から琵琶湖の対岸の比良山系までよく見え、夜中の苦しい登山が報われた気分です。
  山頂に着いてしばらくすると、空が白んできました。午前五時を回り、日の出の時刻が近付きます。






  


  どうしてかつて山が好きだったか、思い出した気がします。


 

   2004年8月14日  

  12日昼過ぎに登山から帰ってきて、一時間半ほど家で寝たあと、京都にやって来た KEN に会うべく、学校に行きました。この日は他に、ゲルベス氏、K谷、T田がいました。何かこの日は、ものすごく疲れていて普段以上に頭の回転が鈍く、私は話題にいま一つ付いていけてませんでした。折角京都に来てくれたのに、全く申し訳ありませんでした。


 

   2004年8月15日  

 地味に二日ほどネットに繋がらない状態になっていました。私がネットに繋げなかった間、掲示板に書き込みもなく、大したメールもなく、特に問題はありませんでした。これはつまり、このページや私のネット上での活動など、世間の人にとってはどうでもいいということなのでしょう。いや待て、そんなはずはない。むしろ、世の女性は私の活動の一挙手一投足に注目し、私と肉体の相互リンクを求めているはずだ。きっとそうに違いない。そうでなければならんのだ。そやからねぇちゃん、減るもんやあらへんのやし、先っぽだけd……  パーーン!(変態が一人射殺されました)

 

[結論] 私のパソコンがネットに繋がっているというのは、極めて有害なことらしい。


 

   2004年8月16日  

  昨日、福井からやってきたこいつ(写真→)に会い、学校の近くで飲んできました。

私 「その格好からして、今日は福井からバイクで来たのか?」
ムッシュ「ああ、そうだ。」
私 「その、膝の辺りが膨らんでるのは…」
ムッシュ「バイクだからな。パットだ。」
私 「何だ、新たに膝プレイという新境地を開拓しているのか?」
ムッシュ「……。」

相変わらず、ムッシュ師は変態だ。


 

   2004年8月17日  

 レイプのことを「強姦」という。だったら、車の中で無理やりヤった場合は「強轟」で、木陰でヤル場合は「強森」。そんでもって、牛を無理やり犯す獣姦は「強犇」というのか。

 と、ゲルベス氏が言って………、ません。はい、すみません。


 

   2004年8月19日  

『オリンピック水泳、北島康介が100m平泳ぎに続き、200m平泳ぎでも勝利。金2個獲得!』ですか。いやあ、すごいですねえ。

 

思わずこんなものを作ってしまいました。いやあ、すごい(オレのくだらなさが)


 

   2004年8月21日  


オリンピック野球 日本・台湾戦を見ていて思ったこと


拝啓 読売テレビ様

 台湾の4番打者「陳金鋒」は、「チェン・チンフェン」と読んであげてください。「チン・キンポウ」では、あまりにかわいそうです。

かしこ


 

   2004年8月23日  

  民放キー局5社共同のアテネ五輪キャンペーンCMで、局を代表する5人の女子アナたちが「アテネをミテネ!」というあまりにダメなギャグを言っているものだから、思わずこんなものを作ってしまったじゃないですか!

 

 

 

 肛門に国旗を突っ込んで応援します!

 えっと、ダメなのは私のほうですか。


 

   2004年8月24日  

「流れ橋」

この前の増水で見事に流れてました、というか、壊れてました。

 


 

   2004年8月25日  

  街案内番外『京都論』追加しました。今回の『京都論』はやや抽象的な議論ではありますが、敢えて無難な言い方を避けて書きました。

  最近のトップページログを見ると、そういう文体以前の問題として、真面目な文章を書くこと自体が久しぶりのような気がします。いくら私だって、一日中チンコとかマンコとか考えているわけではなくて、時には女性器についての考察を深めたり、って、ありゃ?


 

   2004年8月26日  

  北村謙三先生の『試みの水平線』を新コンテンツにしました。6月のログにある2つの相談に加え、新たに相談を1つ追加しました。このコンテンツは、随時ページに新しい相談を追加していく予定です。

  皆様から北村謙三先生にお便りが来ないのは、このコーナー自体が不評なのか、別にそうではないが単に相談をしたくないのか、見極めが困難なところです。名前・メール欄は適当で結構ですので、皆様からの北村先生へのメールをお待ちしています。


 

   2004年8月28日  

  怖い夢を見た。

  夢というものは大抵不条理なものなので、私は滅多に人に夢の話をしないし、そもそも人に話す前にすぐに忘れてしまう。しかし、この夢は本当に恐ろしかったので、起きてから随分時間が経っているのに未だにいくらか記憶に残っている。

  私は夢の中で、部屋に友人を招いているようだ。その友人が誰なのか、それはもう記憶にない。やがて友人は私の部屋の押入れを探り出す。そして友人は、押入れの奥から何か、物を探り当てたようだ。友人が探り当てたのは、私が中学生の頃に買った観月ありさのCD。な、何じゃ、そりゃあ!!これはそこいらのエロ本なんかよりも格段に恥ずかしい。極めて高レベルの危機的状況である。いつの間にかそこにいる友人の数が増えていて、その友人の全員がいろんな質問を私に繰り出す。

  その後、どうなったかよく憶えていないが、このあたりで目を覚ましたように思う。これが夢だったのか現実なのかわからずしばらく呆然とし、それが夢だと認識できた時には、安堵感のあまりそのまま二度寝してしまった。

  そのCDは、随分昔に部屋の模様替えをしたときに粛清したはずであるが、相当の年月を経てなおそれが私を苦しめるとは思ってもみなかった。とりあえずヤケクソでこのことを書いてみたが、私が十数年前に観月ありさのCDを買っていたという罪業から完全に逃れられる日が来るのだろうか。ああ、怖い。


 

   2004年8月30日  

  小雪と鈴木京香と天海祐希って、同じ理由でなんか苦手なのですが、その理由がうまく説明できません。


 

   2004年8月31日  

ニュースウオッチャー 10

 

 オリンピック、ついに終わりましたね。

  アヌシュ失格、室伏が繰り上げで金メダル 

  IOCは29日、アテネ五輪男子ハンマー投げで優勝したアドリアン・アヌシュ選手(ハンガリー)をドーピング違反で失格としたため、2位の室伏広治が繰り上げで金メダル獲得となった。金メダルに繰り上げされた室伏広治は29日の夕方、少し硬い表情で会見に臨んだ。会見中、室伏選手はメダルの裏に記された古代ギリシャ語の翻訳を自筆で記した紙を記者に配り、「真実の中で試合が行われることが、どれだけ大切かを認識した」とコメントした。
  室伏選手はすでに銀メダルをIOCに返還しており、金メダルはアヌシュ選手から返還後に授与される。アヌシュ選手は金メダルの返還を拒否している。

  このニュース、日本ではアヌシュ選手が再検査を拒否したことに加え、2度にわたり採取した尿検体のサンプルが同一人物のものではないことなどを報じているのに対し、ハンガリーでは政治的意図によってハンガリー出身選手のメダルが奪われたものと、アヌシュ選手に同情的に報じられている。つまり、選手の所属国によって異なった報じられ方がなされているのである。だが、皆さんは以下を読んでもう一度よく考えていただきたい。

 室伏広治選手。父母ともに陸上の投てき選手で、特に父の重信氏は男子ハンマー投げ日本記録保持者。五輪の舞台でドーピングした選手に僅か28cmしか違わない記録を叩き出したハンマー投げのみならず、走っても100メートル10秒台の俊足。絵の才能もあるとか。元モデルの女優川原亜矢子との噂もある。イケメン

 これに対して、アヌシュ選手はというと……

 アドリアン・アヌシュ選手。ハンガリー出身。顔は写真のとおり。体つきも、引き締まった室伏選手に比べると、ちょっとデブっぽい。さらに、名前がアヌス

 

 私や、こんなサイトを読んでいる皆さんは、一体どちら側の人間だろうか。それを踏まえた上で、もう一度考え直していただきたい。





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